ホテルのバイトに夢中になり留年して5年間通った大学

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ホテルのバイトにハマり大学を留年

大学を留年した事がありますか?
大学に入ると、高校や中学に比べて留年する人が多かった記憶があります。

今回、人材コンサルタントとして独立した安田剛氏に「ホテルのバイトに夢中になり留年して5年間通った大学」というテーマでインタビューを行いました。
どんな大学生活を送っていたのか、なぜ大学を留年してしまったのか、大学よりも大切だったホテルのバイトについてなど、お話を伺っています。
大学の留年について悩んでいる方や、大学でやりたいことを見つけたいと思っている方の参考になれば嬉しいです。




大学での生活

大学での生活とは

大学の時はどんな生活をしていたんですか?

ホテルのレストランでバイトをしていると、まかないが食べられるじゃないですか。
まかないが食べれて、バイトが終わった後に、たまに厨房の人がご飯を作ってくれることもあるんですよね。
それで、バイトが2時半ぐらいに終わって、そのあとは5時くらいまでやってるカラオケの店にみんなでダーッと流れるわけですよ。
2時間半ぐらい散々飲んで、カラオケ歌ってってやるわけじゃないですか。
それで5時ですよね?
そこから帰ると、5時半ぐらいですよ。
それでシャワーを浴びて、寝る準備をするんです。
大学って、普通9時から18時くらいまでじゃないですか。
寝るのがだいたい6時を過ぎるわけですよ。
当然、明るい状態から寝始めるわけですよね。
起きるとだいたい昼。(笑)
もちろん大学には行けず、1限、2限が飛ぶわけですよ。

静岡大学の法学部

1・2限は重要な授業

1限、2限って語学とか重要なやつじゃなかったでしたっけ?

そうですね。
だから、おかげさまで大学はちゃんと5年通わせていただいて。(笑)
静岡は本当に環境が良いので、住み心地もよかったですね。
ワシントンホテルのバイトは丸々4年間やっていました。
大学1年の途中から入って、5年間静岡にいたわけなので、大学を卒業するまでずっとそこのホテルでバイトし続けましたね。
一応、ギリギリ通るだけの単位は取って、なんとか5年で大学を卒業する事ができました。
でも、大学を留年してから、そんなに積極的に行ったわけではないんです。
本当にそういうところ全然器用じゃないので、高校の時の同級生は全く信じられない状況ですよね。
「クラスで一番真面目」って見られてた奴が、大学に入った瞬間に行かないわけですから。
同じ大学の中でも、初めて会ったクラスの仲間がいるじゃないですか。
私、「安田」なので、名前順で後ろの方なんですよね。
静岡大学の法学部は120何人とかで、最初の2クラスは50人50人なわけですよ。
後ろの1クラスだけ26人なんですね、名前順の後ろの方の人。

なんでそんなクラス分けなんですかね?(笑)

なんでそういう形にしたか分からないです。
でも、名前順で後ろの外れ者の人達は26人なんで、少ない分、わりと結束が強かったんですね。
50人だと多すぎて分からないじゃないですか。
26人だと顔が見えますし、高校の時のクラスより全然少ないので、みんな顔の見える仲間だったんですよね。
それで、同じクラスの仲間に言われたのが、「一番真面目そうなのに、一番大学に来ないのはどういうわけだ。」って。(笑)
大学の試験にも行かなかったんですよ、寝坊で。
試験があるのは分かってるんですよ。
分かってるんですけど、朝まで飲んでるわけじゃないですか。
そもそもその生活を変えないところがどうかと思いますけどね。(笑)




大学よりも大切だった人間観察

「明日、大学の試験なんで。」とはならない

「明日、大学の試験なんで、今日はそろそろ…」ってならないんですね。

ありそうじゃないですか。
でも、「大学の試験よりも、ホテルのバイトの方が社会勉強だ。」と思ってるわけですね。
それを信じて疑わない自分がいたんですよ。
「このホテルでバイトをしている時間の方が、人生にとってよほど大事だ。」って思ってるわけですね。
当時そこまで考えてたかは別ですけど、自分の中ではそう感じていたから、バイトに時間を使っていたわけです。
でも、さすがに大学を1年留年すると、周りの景色を見た時に「やばい!」と思ったんですね。
大学を1年留年した人ってはっきり分かれてるんですよ、先輩達を見たときに。
留年した勢いで2年3年ダラダラ上がれない人と、留年を機会にちゃんと大学に行くようになる人。
完璧に分かれてたんです。
それで、ちょっとスイッチが入ったんですよね。
「これはそのままずるずる留年するわけには行かない。」って。
1年分、親には迷惑をかけてるわけですから。
バイトはしていても、1年分の大学の学費を全額自分でまかなえるようにはなっていないので。
「留年は、この1年だけにしなきゃいけない。」って決めて、そのあと最低限はちゃんと大学に行きました。
とは言っても、「全部A取るために頑張ったか」っていうと、そんなことは全くないんですけど。

そこまではヤル気にならなかったんですね。

大学の授業でいい成績を取ることに、全く意義を見出せなかった。
それよりもはるかに人間観察が楽しかったんですよね。
ホテルには、映画俳優も来れば、アーティストも来るじゃないですか。
いろんな講演家も来たりするわけですよ。
ホテルのマナーも覚えられるし、接客態度も覚えられるし、顔見知りのお客さんもできたりするんですよ。
バーカウンターでシェイカーも振ってましたから。
そうすると、全国出張しているような部長クラスの人も泊まったりするじゃないですか。
カウンターで水割りを出しながら、いろいろお話できるわけですよ。
そういう場所だと、18〜19歳の若造にもいろいろ話をしてくれるんですよね。
たまたまホテルのレストランでバイトをしているだけですよ。
こんな機会はないじゃないですか。
それ以上の有意義な過ごし方があるのかっていう。
勝手にその頃は思ってたんですよね。
それが楽しくて一番時間を使っていたので、その時の仲間は結束が強く、今でも繋がってます。
さっき言った兄貴分、姉貴分は私の結婚式にも来てくれましたし、今でもお付き合いがあります。




今でもつながりのある2人の社員

今、2人の社員は何をしているか

今は何をやられているんですか、お2人は?

それぞれ違いますけど、男性の方は地元が名古屋の方なんですね。
今はアミューズメント系の会社の「経営企画室長」っていうのをやっています。
ワシントンホテルって、本当は上場する予定だったんですね。
株式公開する予定だったのが、市場の環境がいろいろあって、「株式公開しない。」っていうのが決まったんです。
本人としては「なんだ、そうなんだ。」っていって、転職したみたいです。
好きなことやってますよ。
姉さんの方はちょっと変わった旦那さん作って、お子さんも高校生ぐらいになってるんじゃないかな、確か。
まぁでも、相変わらず元気に飲んでますね。

お仕事はされているんですか?

ワシントンホテルでは働いていないはずです。
仕事を今何しているかは聞いてないですね。
ママですからね、一応。
フルタイムでは働いてないんじゃないかなと思いますけどね。
でも、お酒は飲んでますね、間違いなく。(笑)

for you + four e

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人材コンサルタントとして独立する方法

今回、「ホテルのバイトに夢中になり留年して5年間通った大学とは」というテーマでインタビューを行った安田剛氏に「人材コンサルタントとして独立する方法」を伺いました。
奄美大島で生まれ育ち、静岡大学へ進学。
大学1年の時に始めたワシントンホテルでのバイトにハマり、大学を留年。
就職活動で金融業界に興味を持ち、商品先物取引の会社へ就職。
そこから、人材コンサルタントとして独立するまでの人生を、インタビューしています。
特に安田剛氏が独立する際に実際にとった行動に焦点を当て、詳しく聞きました。
人材コンサルタントの仕事に興味がある方や、人材コンサルタントでの起業・独立を考えている方にオススメの一冊です。


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