奄美大島の高校受験事情と静岡大学を受験した理由とは

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奄美大島の高校受験事情と静岡大学を受験した理由

奄美大島の高校受験・大学受験事情はどんな感じなのでしょうか?

今回、人材コンサルタントとして独立した安田剛氏に「奄美大島の高校受験事情と静岡大学を受験した理由とは」というテーマでインタビューを行いました。
高校が4つしかない奄美大島の高校受験事情、部活と勉強だけだった高校生活、鹿児島大学をやめ静岡大学を受験した大学受験などについて、お話を伺っています。
奄美大島の中学生・高校生や、これから高校受験・大学受験をする方の参考になれば嬉しいです。




選択肢が4つしかない高校受験

高校は普通科に進んだんですか

高校は普通科に入ったんですか?

昔は「名瀬市」って言って、市町村合併で統合して「奄美市」になったんです。
奄美市は、人口が4万4000〜5000人ぐらいの市だったんですよ。
その中に、高校が普通高校、商業高校、工業高校、定時制高校の4つ。
4万4000〜5000人の中に、高校が4つだけだったんですね。
姉は女性でしたし、商業高校に行きました。
私は普通にいたら「普通高校だな。」っていうことで、普通高校に行って。
そこが進学校で、大学を目指すわけですけど、特別に何か想いはなく高校受験をしました。
息子のことを考えていると、「高校受験」って東京だと大変ですよね。
「高校受験の為にかなり前から準備するんだ。」とか、「小学校からお受験するんだ。」とかありますよね。
もっと言うと、小学校に入る前から受験したりするじゃないですか。
私からすると、「何だそれ?」とか思ったりするんですけど、全く考えられない世界なんですね、奄美大島では。

確かに受験は大変ですよね。

奄美大島は田舎なので、のほほんと高校まで普通に行きました。
「誰がどこの高校に行く。」っていうのが分かるわけですよ、4つしか高校がないわけですから。
「シンナーも吸ってたし、彼は定時制高校だよな。」とか。(笑)
それぞれにそれぞれの道が想像つくわけですよ、なんの疑いもなく。
だから、「競争」っていうのもそんなにないんですよね。
でも、高校卒業後は分かれるんですよ。
奄美大島には大学もなければ短大もないので、専門学校は今あるのかな?
だから、「大学に進学する」ってなると、最低でも鹿児島まで渡らないといけないわけですね。
鹿児島に渡るか、九州のもっと上に行くのか、琉球大学に行くのか、もっと外に出て行くのかなんですけど。
高校は普通高校に行く以外に選択肢は考えられず、ただ普通に入りました。
なんとなく「大学に行くんだろうな。」って考えながら行きました。
一応、普通高校は9クラスあったんです、同級生。

結構多いですね。

それなりに多かったですね。
4万4000〜5000人の街ですから。
普通高校が1校しかないので。
1クラス45人くらいいました。
2年生から文系と理系に分かれたんですよね。
どっちかが4クラスで、どっちかが5クラスだったんですよ。
もちろん私は文系。
ビーカーがダメだった人ですから。
文系だったら、法律か、経済か、商学かみたいな方向じゃないですか。
憲法の前文を覚えているような人ですから、法律に行くわけですよ。
狙いとしてはね。
ただ、受験勉強にシャカリキだったかっていうとそういうわけでもなく。




部活と勉強だけだった高校生活

部活と勉強だけだった高校生活とは

遊んだりはしていなかったんですか?

普通に高校生活を歩みつつ、部活と勉強をしていました。
それ以外に遊ぶところもないですしね。
そうは言っても、遊び慣れた仲間からすると、遊ぶ場所はあったのかもしれないですけど。
遊び慣れない人からすると、「部活と勉強とやっていて、それ以外に余裕ないよね。」みたいな感じでした。
だから、本当に部活と勉強だけを往復してやっていた感じです。
だから、部活が終わった瞬間に太りましたね。
走らなくなるじゃないですか。
親は「食べろ、食べろ。」というわけですよ。
走る時間が減って、食べてる時間が増える。
走ってた時期から比べると、卒業するくらいの時には7kgくらい増えて、大学に行って一人暮らしが始まったら、ちゃんと戻りました。食生活が悪くなるから。

部活と勉強の両立はどんな感じだったんですか?

こっちの人達は塾があるじゃないですか。
もともと塾って島にあったのかな?
多少はあったんでしょうけど、行っている奴をほとんど聞いたことがないですね。
たまに家庭教師をつけている人がいたりしたぐらいです。
うちの姉は家庭教師をつけている時があったんですね。
それは親が心配して。(笑)
私は家庭教師をつける意味が分からず、「やることやれば普通にできるじゃん。」と思っていたので。
こっちって「塾が真剣に勉強する場で、学校はカリキュラムをやりきるので精一杯。」っていうイメージがあるじゃないですか。
奄美大島ってそういう感じじゃないんですよね。
他にもそういうところってあるんじゃないかと思うんです。
田舎ってそんなに塾がしっかりしてないが故に、学校の先生が一生懸命なんですよ。
「1人でも多く、大学に通す。」っていう使命感を持った先生がわりといたんですよね。
自分はそれしか知らないから、学校ってそういうもんだと思ってました。
今、東京で子供ができて、彼が「進学」ってなると、風景の違いにあまりにも圧倒されますね。
選択肢がありすぎて。
でも、「それって幸せなのか?」って考えると、「田舎の方がいいかなぁ。」と思ったりすることもあります。
友達とも別れちゃうじゃないですか。
選択肢がないと、みんな一緒ですからね。
高校を出たらみんなバラバラですけど、高校まではみんな一緒っていう。

高校生活は青春していましたか

高校生活は青春していたんですか?

そういう意味でいうと、私は大学に行ってから初めて「社会に開いた」っていう感じなんですよ。
高校までは「言われたことをちゃんとやっていました」っていう子。
ちょっとはねた事をやるのは姉の役割で、「全然帰ってこないな。」とかは姉がやっていたんですよね。
親が心配する姿とか、姉を怒る姿を見て育ったので、怒られないように事前に予防しながらやるんですよ。
だから、高校までは言い方つまらないですけど、「大過なく過ごした。」っていう感じですね。
大学行ってから、「何やってもいいんだ。」っていう感じになりましたけどね。

奄美大島の焼酎「れんと」

島から出る時、どういう心境だったんですか?

ちょっと関係ない話をしてもいいですか?
今、「れんと」を頼んだじゃないですか。
「れんと」は島の黒糖焼酎なんですけど、「れんと」を作っている焼酎のメーカーってすごい商売が上手なんです。
お土産用の小さなミニボトルも出しているんですけど、ストラップ用にこんな可愛い「れんと」も出していて。
「れんと」のボトルって、ちょっと水色でお洒落な女性受けしやすいボトルなんですよね。
それで、奄美大島の中にも見学コースとかできていて、デカくなっているんですよ。
最初は鹿児島の芋焼酎が「ダー!」っとブレイクしたじゃないですか。
他の焼酎も奄美大島の黒糖焼酎もその勢いに乗っかっていきましたよね。
今は居酒屋に行って、たいてい入っている奄美大島の焼酎は「れんと」なんですね。
「れんと」以外を入れているところは、それなりに焼酎を知っているお店ですね。
「れんと」の方が売れやすい、置きやすいらしいっていうのは聞いてますけどね。
でも、田舎のものがあると嬉しいですよ。




鹿児島大学をやめ、静岡大学を受験した大学受験

どこの大学を受験したんですか

どこの大学を受験したんですか?

大学は静岡大学です。
気候が似ているんですよ、どっちかっていうと。(笑)
大学選ぶときに、一応鹿児島県なので、「鹿児島大学」を勧められるわけですよ。
「鹿児島大学」も念頭にはあったんですけど、行かない理由ができちゃったんですね。
さっき言ったように、高校でバスケットをやっていて、県大会は鹿児島に行っていたんですよ。
「鹿児島」っていうと思い出すものってあります?

西郷隆盛、台風、桜島?

そう、桜島。
桜島の火山灰がどれくらい凄いかって体験したことないですよね?
凄いんですよ。
おじさんおばさんとかが住んでいてちょくちょく行っていたので、灰が降るのは感じてたんです。
だけど、たまたま県大会で鹿児島に行っていた時に、試合の前に体育館の周りをアップしてたんですよね。
Tシャツ着て、走ってたんです。
その時に、たまたま小雨が降ってきたんですよ。
小雨なんで「大したことないや。」ってみんなで走ってたんですけど、走ってる時には気づかなかったんです。
止まった時にパッて見てみると、みんなTシャツに黒い点々がついているわけです。
「えぇ?」と思って。
それで、宿に戻るとサッシがちゃんと閉まってるんですよ。
サッシは閉まってるんですけど、畳がザラザラしているんです。
当然、宿の人はメンテナンスをしていますから、綺麗にしているわけですよ。
でも、風向き次第で、すぐに火山灰が入っちゃうんですよ。
タクシーの運転手さんなんて本当に大変ですよ。
もう灰だらけ。
タクシーの中も外も大変なわけですよ。

火山灰のすごさ

火山灰って、そんなにすごいんですか?

高校の時は体力がついたからよかったんですけど、ふっと思い出すわけです。
小学校の頃の、鼻が苦しかった自分を。
「鼻が苦しかった人間は、火山灰の中で4年間、絶対に住めない。」って思って、鹿児島大学はやめたんですね。
鹿児島大学も法律はあったんですけど、同じようなレベルで法律のある大学を探しました。
公務員の父で専業主婦の母で田舎にいますから、私立大学なんていうのは当然考えられませんでした。
「行くなら国立で。」って法律で探してたら、ちょうど鹿児島大学と似たようなところが静岡大学だったんです。
それと鹿児島と静岡で他にも似ているところがあって、気候が似ているんですよね。
なぜかっていうと、農産物が似ているんですよ。
両方ともお茶とみかんの産地ですから。
鹿児島も「サツマミドリ」っていうブランドが、有名なんです。
東は静岡が有名だと思うんですけど、西は鹿児島のお茶が有名なんですよ。
あとはもう一つ、山。
静岡で山といえば?

富士山。

そうなんですよ。
火山灰が降るんですけど、綺麗なんですよ、桜島。
そんな高くないんですけど、近くで見たら絶景なんですよ。
船で行くとロケーション抜群なんです。
それもあって静岡大学を選んだという。
単純ですね。
先輩も誰もいなかったんですよ。
でも、気候と富士山で決めました。
田舎者ですからね、そういうのが大好きなわけですよ。
「自然が多そうだなぁ、富士山が綺麗だなぁ。」って。
その程度の理由で大学を選んだわけです。

「国立大学」っていうことは、センター試験を受けたんですよね?

センター試験の前なんですよ。
その時は「共通一次試験」の時代です。
私たちの何代か後からセンター試験になったのかな。
「共通一次試験」の終わりの方ですね。
それで、無事に静岡大学に合格しました。
でも、大学は本当に行かなかったですね。

for you + four e

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人材コンサルタントとして独立する方法

今回、「奄美大島の高校受験事情と静岡大学を受験した理由とは」というテーマでインタビューを行った安田剛氏に「人材コンサルタントとして独立する方法」を伺いました。
奄美大島で生まれ育ち、4つしかない高校のうち、普通高校を受験。
中学時代から興味のあった法律を学ぶ為、静岡大学へ進学。
金融業界に興味を持ち、商品先物取引の会社へ就職。
営業会社で経験を積み、人材コンサルタントとして独立するまでの人生を、インタビューしています。
特に安田剛氏が独立する際に実際にとった行動に焦点を当て、詳しく聞きました。
人材コンサルタントの仕事に興味がある方や、人材コンサルタントでの起業・独立を考えている方にオススメの一冊です。


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