将来の仕事に悩んでいた学生時代と大学で法学部に入った理由

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将来の仕事に悩んでいた学生時代とは

将来の仕事について悩んだ事はありますか?
将来の仕事については、ずっと考え続ける命題なのかもしれません。

今回、ラジオプロデューサーとして独立した相沢知宏氏に「将来の仕事に悩んでいた学生時代と大学で法学部に入った理由」というテーマでインタビューを行いました。

大学時代に将来の仕事について悩んでいたこと、「手に職を」と思い法学部に入った事、司法書士の資格を取得するために予備校に通い、資格浪人をしたことなどを伺っています。

将来の仕事や職業選択に悩んでいる方や、これから大学受験で学部選びに悩んでいる方の参考になれば嬉しいです。




将来の仕事について悩んでいた大学時代

将来の仕事が不安だった大学時代とは

出身はどこですか?

生まれも育ちも茨城県つくば市で、大学の時だけ千葉に行っていました。
それが大学4年のうち3年半ぐらい住んでたんで、それ以外はつくばに住んでますね。

大学で千葉にいた時は1人暮らしをしてました。
僕にとっては大学は「負の4年間」でしたけど。なんかもう悩みすぎた4年間でしたね。

何に悩んでたんですか?

将来の仕事について悩んでましたね。将来の仕事について悩みませんでしたか?
羨ましいです。いや〜、羨ましい。

なんでそんなに将来の仕事について悩んでたんですか?

「将来、仕事はどうしよう?」っていうのがずっとありましたね。
大学を卒業した後どんな仕事をすればいいのかが分からなくて、「何の仕事をしようか?」ってずっと悩んでました。

もともと大学には1浪して入っているんですけど、中高とバスケをしていて、僕もともと運動が好きな少年だったんですよ。
大学もそういう系統の学部に入りたいなと思って。

今けっこう錦織圭選手のコーチとかも有名ですけど、そういう「スポーツのメンタルコーチとか、スポーツ心理学とか面白そうだな。」と思って受験したんですけど、現役の時に受験で不合格になってしまったんです。
その時にふと思ったのが、「運動とかスポーツって趣味でやりたい事だけど、自分が一生の仕事としてやりたいことではないな。」と思って。

その時に「じゃあ、自分は将来何の仕事をするんだろう。」と思ったんです。

分からないんですよ、18、19歳の青年に「将来、何の仕事をする?」って言われても。
会社に就職するか、公務員試験を受けるかくらいしか思いつかないんですよね。




手に職をと考えて受験した法学部

手に職をつけるために受験した法学部

確かに大学の頃は、どんな仕事があるかなんて知りませんでしたね。

当時、LECとか大原とか、資格の予備校がすごいCMをしていた頃で、資格がたくさん書いてある冊子があるんですよ。
とにかく受けられそうな資格を浪人の時にバーっと見て、「文系で一番食べていけそうな仕事は何かな?」って探したんですよね。
そうしたら、法律系の仕事がいくつかあったんですよ、弁護士とか行政書士、司法書士なんかが。

当時、木村拓也さんの「HERO」とか「行列ができる法律相談所」とかが始まった頃で、けっこう法律系の番組が多かったんですよね。
その影響もあって「文系で手に職をと思ったら法律かな?じゃあ、法学部しかないな。」と思って、浪人した時は法学部しか受けなかったですね。
私立も国立も、全部法学部を受けました。

法学部って、文系で一番難しい学部ですよね?

そんなことないと思いますけど、司法試験を目指す人が多いから、多少偏差値は高いとは思います。
でも、僕は「司法試験までは勉強したくないな。」と思っていました。
「もうちょっと手頃だけど、そこそこ稼げて、一生仕事ができるような資格が欲しいな。」っていう、安易な気持ちで法学部に入ったんですよね。

そんな気持ちで法学部に入ったので、大学に入って法律の勉強をしてみたら、「僕のやりたいことと違うな。」って感じ始めてきたんです。
資格の予備校とかのCMで言われている表の良い面だけじゃなくて、不安とかデメリットの部分も見えてきて、「本当に自分はこれでいいのかな?」って、ずっと悩んでましたね。大学の4年間、ずっと悩んでました。

大学に入ってわりと早い時期から「俺、これでいいのかな?」ってなってたんですよ。
でも、法学部に入っちゃたし、予備校も通い始めていたので、引くに引けなくて。




司法書士の資格を取るために通った予備校

司法書士の資格を取るための予備校とは

それは資格の予備校ですか?

はい。司法書士の資格の予備校です。
親にそれだけお金出してもらって、引くに引けなくなっていたんです。
でも、予備校に行けば行くほど「自分に合ってないな。」って思いが、どんどん強くなってきちゃって。

「予備校をやめられないけど、行きたくない。」みたいな。
そのままずるずる4年間予備校に行ってしまったので、どんどん良心の呵責みたいなものが溜まっていって。
最後の方はひきこもってましたね。

今考えると、ろくなもんじゃないですね。(笑)
大学の時が、一番自分が落ちていた時だと思います。
大学って、皆さんが一番楽しい時間を過ごす時じゃないですか。
20歳ぐらいで若くて元気があって、イケイケドンドンの時に、僕は一番落ち込んでましたね。

そういう時って、何をやってもダメなんですよね、勉強だけじゃなく他のことも。
自分がやりたくないことをやっていると、「うまくいかないなぁ。」って自信をなくして、気持ちが落ち込んでいる時に他のことをやっても、全部うまくいかないんですよ。

だから、どんどん「自分はダメだ。」とか「なんか違う。」って負の循環に入っていくんです。
僕、大学1年生と大学4年生で、たぶん全然違う表情してたと思います。
1年生の時はまだやる気に満ちていたと思うんです。
でも、大学4年生の頃はよく「疲れてるね。」って言われてました。(笑)

それで、大学を卒業した後はどうなったんですか?

大学を卒業した後も、ずるずると予備校に行ってました。資格浪人をして。
結局大学を卒業したんですけど、当時僕は「司法書士」っていう資格が取りたかったんです。

将来の仕事について悩んできた理由

将来の仕事について悩んできた理由とは

「自分がどういう仕事に就くか悩んでいた。」っていう話は、どれくらい前から考え始めてたんですか?

小学校の時は漠然とでしたけど、なんとなく将来を不安に思ってましたね。
小学校から将来を不安に思ってる子って、なかなかいないですよね。
「珍しい。」って言われるんですけど、ずっと将来が不安でしたね。

なんで将来が不安だったかっていうと、自分の父親が公務員だけど苦労していたからなんです。
周りはずっとエリートだったので、自然と将来について考えさせられる環境だったんですよね。

でも、将来についてなんて、子供が考えてもたかがしれてるので、ずっと答えが出ないんですよ。
それで、ずっと小中高大と将来の仕事について考えていたんですけど、資格の冊子を見て「この中なら司法書士かな。」っていう感じで決めたので、結局失敗して、資格浪人までしてしまって。
将来に対する答えが、ずっと見つからない日々でしたね。

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ラジオプロデューサーとして独立する方法

今回、「将来の仕事に悩んでいた学生時代と大学で法学部に入った理由」というテーマでインタビューを行った相沢知宏氏に「ラジオプロデューサーとして独立する方法」を伺いました。
つくばという土地で競争社会に疲れ、「人間関係」と「将来の仕事」で悩んできた学生時代。
千葉大学の法学部に入り、司法書士の資格を目指して予備校に通う日々。
司法書士の資格を挫折した資格浪人時代。
その後、ラジオプロデューサーとして独立するまで人生を、4時間に渡ってインタビューしています。
特に相沢知宏氏が独立する際に実際にとった行動に焦点を当て、詳しく聞きました。
ラジオプロデューサーという職業に興味がある方や、ラジオプロデューサーとして独立を考えている方にオススメの一冊です。


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