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両親の離婚と借金返済の為に始めた配膳会と便利屋の仕事

借金返済の為に始めた配膳会と便利屋の仕事

便利屋の仕事とは、どのような仕事なんでしょうか?

今回、人材コンサルタントとして独立した安田剛氏に「両親の離婚と借金返済の為に始めた便利屋と配膳会の仕事」というテーマでインタビューを行いました。

両親の離婚と父親との喧嘩、膨れ上がる借金、借金返済の為に始めた便利屋と配膳会の仕事などについて、お話を伺っています。

借金をしてしまい困っている方や、便利屋・配膳会の仕事に興味がある方の参考になれば嬉しいです。




両親の離婚

両親が離婚した後

ご両親は何をされているんですか?

うちの父親は公務員ですね。地方公務員。市役所で仕事をしていました。

母親はもともと看護婦さんだったらしんです。

だけど、私が生まれた後に具合を悪くしちゃったらしくて、それで仕事ができない状態だったんです。

それで、母はそのあと専業主婦でしたね。

父は、辛抱強く働き者でした。

そんな家庭に生まれ育ったんですけど、起業しちゃったという。(笑)

親が公務員だからって、子供も安定した仕事に就くとは限らないですよね。

それで、新卒1年半の時に、ご両親が離婚されてしまったんですね。

はい。それで、母を受け入れる為に借金をして、引越しもして。

その時、親父とも喧嘩状態になったんです。

両親が離婚した時に、父に電話したんです。

奄美大島なんて、すぐに行けないので。

電話で大喧嘩をしました。

いまだに忘れないですけど、当時は携帯じゃないので、公衆電話だったんです。

母から泣いて電話があった後に、自分のやり場のない怒りが、父に向かったわけですよ。

もともと無口な人なんです、父は。

それで、電話で大喧嘩して、受話器を思いっきり叩きつけたんですよ。

「NTTさんごめんなさい。」って感じですけど。

割れはしなかったですけど、ものすごい勢いで受話器をぶん投げたんです。

それ以来、父とは音信不通が続くわけです、数年間。

膨れ上がる借金

サラ金2社まで膨れ上がった借金

結構、激しい喧嘩だったんですね。

それで母が来て、一時的にお金がかかるんですけど、父からは回ってこないと。

母は鹿児島の病院に行っていたので、父に「出て行く。」っていうことは言わずに、「鹿児島の病院に行く。」って言って出てきたんです。

自分の妹に鍵を渡して、父親が仕事に行っている間に必要な荷物をまとめて、送ってもらったみたいです。

母は一度、鹿児島の病院に行って、鹿児島に母の兄がいたんですね。

最初はそこに泊まったんですけど、そのまま東京に来たんです。

だから、父親は一切分からない状態で来たんですよ。

母も要領のいい人だったら、少しはお金の算段をするんでしょうけど、お金は一切ないわけです。

仕事はどうなったんですか?

それで、私は商品先物取引の会社を辞め、仕事を変えました。

どれだけ稼げるかは数字を聞いただけで、何の確証もなく。

とりあえず、必要な資金を借りられるところから借りました。

銀行から2つと、信販系のローンも1つ借りたんですよ。

3つで100万円以上借金しましたね。

借金したお金で最初のいろいろな準備をして、「なんとか最初は大丈夫かなぁ。」と。

それで、ネットワークビジネスの仕事が始まりました。

「あれ?」みたいな。

入ってすぐに、全然稼げない事が分かったんです。




面白かった便利屋の仕事

便利屋の仕事とは

え!?生活はどうしたんですか?

転職をして数ヶ月経った時に、そこで会った仲間に「今、こんな仕事をしてるんだ。」って、便利屋のバイトを紹介してもらったんです。

その彼は年上だったんですけど、26〜27歳くらいでした。

その当時、私が24〜25歳ぐらいだったので、2〜3個上だったんです。

彼が運転免許を持ってなかったんですね。

便利屋の仕事って、トラックでいろいろな荷物を運ぶっていう仕事があるので、運転できるパートナーが欲しかったみたいで。

私は免許を持っていたので、私に声をかけたんですよね。

実際にやってみると、これが結構面白かったんです、便利屋の仕事が。

もちろん今の仕事は誇りを持ってやってるんですけど、面白さ・ユニークさで言ったら、便利屋は一番面白かったですね。

便利屋の仕事って、私から見ると世界の縮図を見るような仕事だったんです。

社会の底辺を見れるんですよ、生で。

便利屋の仕事って、実際にどういうことをするんですか?

その便利屋の社長が一番多く請け負ってた仕事が、区役所の下請けでやっていた遺品整理の仕事です。

一人暮らしの老人で身寄りがない人が、お住まいになっていたところで亡くなるじゃないですか。

身寄りがないので、遺品の整理ができないわけですよね。

部屋の中にはいろんなものがあるけど、親族がいないので、区としては対処に困るわけですね。

その下請けを「便利屋」がやるんですよ。

どうやるかっていうと簡単なんですけど。

便利屋がトラックで家の横につけて、2〜3人で全部片付けて、トラックに乗っけるんです。

夢の島がいっぱいなので、当時は「13号地区」って言ってましたけど、夢の島の横にある「13号地区」に全部捨てるんです。

社長はその仕事でいくらもらってたか知りませんが、相当抜いてますよね、たぶん。

バイトなんてたかだか1日1万ぐらいで、2人か3人だったので、利益率は高かったと思います。

便利屋の社長は、そこで使えそうなものをしっかりゲットして、持っていくわけですよ。

経験を活かした配膳会の仕事

配膳会の仕事とは

リサイクルして売るんですか?

そうですね。

リサイクルして売ったり、本人の家に持って帰って、使ったりするわけですよ。

あとは根こそぎ、「13号地区」に捨てに行くと。

そうやって、便利屋の仕事をしていたんですけど、便利屋の仕事は不定期なので、それだけでは足りなかったんです。

学生時代はホテルでバイトしていたので、「ホテルで何かできないかな?」と思った時に、東京だと「配膳会」があるんですね。

「配膳会」っていうのは、ホテルなんかで配膳をする会社です。

「配膳会」がホテルの宴会場が出した求人に対して、人をまとめて何人って派遣するんですよ。

「今日はこのホテルに何人、誰と誰が行って。」って。

そこの配膳会はほとんどホテルニューオータニだったんですけど、ホテルニューオータニで面白かったのが、ヤクルトが優勝した年。

池山がプールに飛び込んでいた横を、ビールケースを持って走ってたんですよ。

相撲の二子山部屋がホテルニューオータニをご贔屓で、若貴の後援会の宴会もやっていましたね。

ホテルニューオータニはいろんな大きい宴会をやってたんですよね。

配膳会の仕事も楽しそうですね。

そういう宴会がない時は結婚披露宴なんかをやってましたけど、配膳会の仕事を夜に不定期でやっていました。

昼は便利屋で、めちゃくちゃ汚れ仕事なんですよ。

埃がムンムン立ち込めているところで、つなぎみたいな格好して、ふすまをなぎ倒して、「ガーっ!」ってやってるわけです。

全部トラックに突っ込んで処分して、帰ってシャワーを浴びて綺麗にして、今度は一番綺麗な状態でホテルに行くわけですよ。

いかにも何事もなかったかのように、結婚式の披露宴のサービスをやっていました。

冠婚葬祭の2つを、1日でやってるみたいな感じですよね。

昼夜真逆をやるわけですよ。

あの時は何か不思議な充実感がありましたね、仕事としては。




借金の返済計画

借金返済の流れとは

その時点で、ネットワークビジネスの仕事は辞めているんですか?

完全には、まだ辞めてなかったかな?

でも、最後の方は辞めてますよ。

「こいつらと一緒に仕事をしても、いいことないな。」っていう事に気づくのに、ちょっと時間がかかったので。

本当にそういう事に免疫がなかったので、数ヶ月くらいかかったんですよ。

でも、お金がもたなくなりますからね。

数ヶ月で十分ですからね、借金をするのは。

借金はマックス、サラ金まで行きましたから。

銀行2社行って、信販にも行って、足りなくなったからサラ金2社まで行ったんですよ。

サラ金2社まで行く途中で、便利屋と配膳会の仕事をやり始めて、返済が始まります。

サラ金2社行って「さすがにもうやばい。」っていう時に、また人に助けられるんですよね。

誰に助けられたんですか?

商品先物取引の仕事をやっていた時のお客さんで、ある若い社長さんがいて。

会社に勤めている時から、結構いろいろ話ができていたので、相談に行ったんですよ。

その人は、塾を経営している人だったんですね。

2人で話をした時に、「安田さん、どこにいくら借りたのか、全部言ってください。」って。

どこにいくら借りたかを全部書き出してもらって、「じゃあ、どういう風に借金を整理していきましょう?」って、借金の整理のやり方を考えてくれたんですよ。

「今やっている2つの仕事で、こういう働き方をしていけば、月々ちゃんと返せますから、これでいきましょう。」って、ちゃんとアドバイスしてくれて。

「よし!これでやろう!」みたいな。

借金の整理の考え方まで教えてもらって、仕事としては便利屋と配膳会の2つを昼夜やりながら、ある程度借金を整理していったんです。

でも、さすがに母親は心配しだすわけです。

「うちの息子は、何の仕事をしているんだろう?」みたいな。

昼の便利屋の仕事、夜の配膳会の仕事、その仕事自体はいいんですけど、安定感はないわけですよね。

どっちも自分でコントロールはできないし、正社員じゃないですから、社会保険もないし。

お金の流れはできてきたので、「ちゃんと月々固定で働けるところにしよう。」と思って、営業会社を探して転職したんです。

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