雀荘に行って失敗した大学受験と夢を諦めた関西大学での生活

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雀荘に行って失敗した大学受験と夢を諦めた大学生活とは

受験の際に、大学を選ぶ基準は何ですか?

今回、就職コンサルタントとして独立した高田裕明氏に「雀荘に行って失敗した大学受験と夢を諦めた大学生活」というテーマでインタビューを行いました。

雀荘に行って失敗した大学受験、2年目の大学受験について、夢を諦めた関西大学での生活について、お話を伺っています。

これから大学受験をする方、仕事や就職、独立を視野に入れて大学を選ぼうと思っている方の参考になれば嬉しいです。




雀荘に行って失敗した大学受験

雀荘に行って失敗した大学受験とは

大学受験はどうだったんですか?

大学受験は結局浪人をするんですけど、大学受験ってセンター試験を受けるわけじゃないですか。2日間あるんですよね、センター試験って。

センター試験の1日目が終わったら、「雀荘に行く」っていう奇跡的な行動をしてしまってですね、1度目の大学受験は失敗するという結果に終わりました。

同じ高校の男4人で、センター試験の帰りがけに雀荘行って雀荘で負けて、次の日のセンター試験も散々でした。

その後に受験した大学も全て受からなくて、「浪人」っていう道を選びましたね。

1回目の大学受験は「関西大学」っていうところを狙ってたんですけど、そこの大学は落ちて。法政大学とか中央大学も余裕で落ちましたね。

なんで関西大学に行きたかったんですか?

「テレビ関係の仕事に就いて、最後のエンドロールに名前が載る」っていうのが夢だったんですよね。

その夢を叶える為には「テレビ関係に強い大学に行くしかないな。」と思って、いろんな大学を調べたんです。

その中で、「関西大学」は大学内にスタジオがあったんですよね。

大学案内に「テレビ関係に強い」みたいに書いてあって、「これは興味がある!」と思って、関西大学に決めて受験しました。

なんでテレビに興味があったんですか?

かっこいいと思ったんじゃないですかね。

「エンドロールに名前が出る」ってかっこいいじゃないですか。

別に映画でもよかったんです。「エンドロールに名前が載ればなんでもいい。」と思ってたんで。

タイムキーパーとかもあったので、「これぐらいだったら俺でもできるんじゃないか。」って思ってました。(笑)

「関西大学」って偏差値は高いんですか?

当時はそこそこ高かったと思います。

大阪にある大学で「関関同立」って言って、東京で言う「6大学」みたいなものですね。

確か早稲田よりちょっと下だったと思います。

「関関同立」は関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学ですね。「西の雄」っていうやつです。




2年目の大学受験

2年目の大学受験とは

2年目の大学受験は同じ大学を受けたんですか?

そうですね。結局浪人して関西大学に行ったんですけど、2年目になると「国立大学」っていう甘い話が出てきたんです。

僕、3科目しか勉強してなかったんですけど、3科目である程度の点数を取れれば、他の2科目の点数が多少低くても受かりそうな大学を見つけて。

それが信州大学の建築学科だったんです。

「建築ってかっこよさそうだな。」っていうのもあったし、信州大学は長野県なのでスノーボードができるのも魅力だったんですよ。

友達と「スノーボードをしに行こう。」ということで信州大学を受験したんですよ。

そうしたら、友達がセンター試験に失敗して「信州大学を受験しない」って事になって。

でも、僕はセンター試験を通っていたので、「念のため受験しておこう。」と思って受験したら、信州大学も合格したんです。

関西大学も後期で合格したので、2校で選べるわけですね。

信州大学は理工学部建築学科なので、途中から理系の校舎に変わるんですよね。

「理系しかいない校舎=男子校」だなと。それで、関西大学を選んだんです。

それが大学を決めた理由なんですか?女の子がいるかいないか?(笑)

最終的にはそうです。結局、女の子がいる方を選びました。




夢を諦めた関西大学での生活

夢を諦めた関西大学での生活とは

大学生活はどうでしたか?

「テレビの勉強を頑張ろう。」と思ってテレビの授業を受けたんですけど、細かすぎて全然できなくて、すぐに辞めました。

「テレビの授業をやめて、違う道を選ぼう。」と。

僕が行ってた大学はユニークな大学で、大学3年生からゼミが始まるんですけど、その時にいろんなゼミを選べるんですよね。

「3年生になるまでにやりたいこと決めてね。」っていう大学だったんです。

結局、テレビ関係は諦めて、教育に興味があったので、教育を選びました。

教育関係からの営業なんですね。(笑)

そこからの内田洋行です。(笑)

教職も取れたんですけど、教職課程ってあるじゃないですか。

僕の大学でちゃんと教職過程を取って卒業したら、数学と社会と情報の教員免許が取れるんです。

僕、一時期数学の先生になりたかったんですよ、数学だけできたので。

でも、難関があってですね。教職が6限とか7限だったので、6時半から授業が始まるわけですよ。

「そんな時間まで大学に残って勉強する。」っていう才能がなかったので。

6時には帰ってましたね。バイトもあったし、バンドも組んでいたし、彼女と遊ぶのもあったので。

「6限まで残ってられない」という理由で教職も諦めました。

「先生」っていう道も諦め、さっき言った就職活動を適当に始めて、受かった会社に行ったみたいな感じですね。

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就職コンサルタントとして独立する方法

今回、「雀荘に行って失敗した大学受験と夢を諦めた大学生活」というテーマでインタビューを行った高田裕明氏に「就職コンサルタントとして独立する方法」を伺いました。
埼玉県入間市で生まれ育ち、冴えなかった学生時代。
雀荘に行って大学受験に失敗し、1年間の浪人生活を経て、関西大学へ進学。
大手オフィス機器商社へ就職するも、3年間で退社し、世界一周や書籍の出版を経験。
そこから、就職コンサルタントとして独立するまでの人生を、インタビューしています。
特に高田裕明氏が独立する際に実際にとった行動に焦点を当て、詳しく聞きました。
就職コンサルタントの仕事に興味がある方や、就職コンサルタントとして独立を考えている方にオススメの一冊です。


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