コンサルタント

冴えなかった中学時代と高校で始めたハンドボール

冴えなかった中学時代と高校で始めたハンドボールとは

高校の時は何部に入っていましたか?

今回、就職コンサルタントとして独立した高田裕明氏に「冴えなかった中学時代と高校で始めたハンドボール」というテーマでインタビューを行いました。

「ドラえもん」というあだ名で冴えなかった中学校時代、高校から始めたハンドボール部、クーラーが理由で入った高校受験、叶わなかった高校デビューについて、お話を伺っています。

就職コンサルタントの仕事に興味がある方や、これから独立を考えている方が高田裕明氏のルーツを知ることで、少しでも職業選択の参考になれば嬉しいです。




あだ名が「ドラえもん」だった中学校時代

あだ名がドラえもんだった中学時代とは

出身はどこですか?

埼玉県の入間市ですね。

浪人までは入間市にいて、大学は大阪の大学に行ったので、それまで入間市にいましたね。

小さい時はどんな感じだったんですか?

冴えなかったですね。中学の時のあだ名が「ドラえもん」です。

当時は太っていて、ドラえもんにそっくりだったんです。

眼鏡だけはのび太が使っているような四角い眼鏡だったので、「ドラえもん」っていうあだ名が中1で、中2で「のび太くん」になって。

中2で痩せたわけじゃないんですけど、眼鏡がのび太くんだから「のび太くん」になったんです。

3年になって痩せ始めて、「のびドラ」っていうあだ名になっていきましたね。(笑)

高校から始めたハンドボール部

高校から始めたハンドボール部とは

部活はやっていましたか?

中学校の時は野球部のベンチでしたね。ライトとか、外野を守ってました。

小学校・中学校と野球をやってたんですよ。

高校は「野球のセンスがない。」っていうのが分かっていたので、野球部には入りませんでした。

でも「ちょっと運動したいな。」って思ってたんです。

高校に入ると、一番最初に部活のプレゼンみたいなのがあるじゃないですか。

その時に「ハンドボールって、ちょっと運動したい人にはちょうどいいっすよ。」というプレゼンをしていて、「なかなかいい部活だな。」と。

「週に何回か放課後に練習があって、たまに大会があります。」と。

「ハンドボール、すごくいいな。」と思って体験入部に行ったら、6時ぐらいにたまたま部活が終わってて。

先輩もいい人っぽいし、「これぐらいだったらいいな。」って思って、ハンドボール部に入りました。

入ってみたら、6時だったのが8時か9時まで、週に6日間部活があったんです。

ガッツリだったんです。しかも、ナイターができるようにライトがついて、夜までできるっていう。

それで、週6ぐらいでハンドボールやってましたね。

ハンドボール部は高校の3年間続けたんですか?

それがちょっと複雑なんです。

1年経って先輩が辞めた時、部長を決める会議で、なんと僕が選ばれて、なぜか僕がハンドボール部の部長に決まっちゃったんですね。

先輩が5人いて、後輩が8人いたんですよね。

同期も5人だったんですよ。それで「投票で決めます。自薦・他薦問いません。」みたいな。

もう一人同期で優秀な奴がいたんですよ。そいつが真面目だったんですよね。

その真面目な奴に5票入ってました。先輩は全員そっちに入れたんですよね。

後輩が全部俺の方に入れたらしくて、俺に決まったんです。

「部長になっちゃった。」っていうのもあるんですけど、その時あたりから「なんで週6もハンドボールやってるんだ?」と思って。

「夢に描いてた高校生活って、こんなんじゃなかった。」と思って。
男子校だったけど。

それで「これはちょっと良くないな、辞めよう。」と思った時に、ちょうど国語の授業で太宰治の「人間失格」の授業があったんです。

「僕はもう疲れました。」から始まる文章なので「これは面白い!これで退部届を書こう!」と思って。

授業中に「僕はもう疲れました。」って退部届を書いて、その日の夕方提出しに行って、ハンドボール部を辞めました。

部長が1日で辞めるっていう。(笑)

「部長が1日で辞める」っていう形でハンドボール部を辞めたんですけど、その後大会の近くになって、先生から「もう1回、ハンドボール部をやらないか?」と言われて、「週3だったら戻れます。」って言って、週3でハンドボール部に戻りました。

それで、大会だけしっかり出てましたね。週3になり、週1になり、最終的には大会だけ出るみたいな。

いいポジションを確立しましたね、完全に。(笑)




クーラーが理由で選んだ高校受験

クーラーが理由で選んだ高校受験とは

なんで私立の高校に入ろうと思ったんですか?

なんか今考えると「高校受験も、全部適当だったな。」って思います。

中学校に入る時に、中学校受験もさせてもらったんですよね。

でも、落ちるんです、1校しか受けてなくて。

それで、公立の中学校に行ったんですけど、中学1年生から塾に入れてもらったんですよね、週3で。

今考えると「すげー金使ってもらったな。」と思って。

行きたくもない塾に週3で行ってたんですけど、途中からだんだん塾は面白くなってきましたね。

高校での成績はどうだったんですか?

数学の偏差値だけがすごく高くて、他の教科が低いみたいな生徒だったんですけど、中学での成績は普通よりちょっと上ぐらいでした。

3年生の高校受験シーズンになるちょっと前ぐらいに担任の先生に呼ばれて「◯◯って高校はお前を推薦にできるんだけど、どうする?」って。

僕が高校を選んだ理由は「クーラーがあるかないか。」だったんですよ。

中学校は暑いし、「夏にクーラーがない高校は嫌だな。」と思って。

それで先生に「クーラーがある高校がいいです。」って言ってたら、そこの高校はクーラーがあると。

クーラーがあるなら、そこの高校にしようかなと。

進学校だったし、普通に受験したら受かると思ったんですけど、保証はないみたいな。

五分五分ぐらいの戦いだったので、「推薦で行ける。」と言われて、「じゃあ行きます!」と。

それで、推薦で高校に行っちゃいました。




叶わなかった高校デビュー

叶わなかった高校デビューとは

高校生活はどうでしたか?

クーラー、よかったですね。(笑)

1つ間違えたところがあったんですよ。高校デビューを夢見てたわけですよ、「ドラえもん」でしたからね。

「バレンタインにチョコレートをもらう。」とか「ラブレターをもらう。」っていうのが夢だったんですよね。

「いいなぁ、みんなもらってて。」って嫉妬してましたからね。コンプレックスの塊でした。

それで「よし、高校デビューだ!」と思って入った高校が、男子校だったという。(笑)

大いなる間違いをしてですね、高校生活は普通に過ごしました。

ちょっとランクを下げたイメージで入ってるわけですよ、推薦なので。

「この高校でトップの成績を取って、次の大学受験にかけよう。」と。

最初はそう思ってたんですけど、1年の最後の方から授業についていけなくなりました。

トップどころか、下から数えた方が早かったですね。ワーストいくつに入るみたいな。

それで、高校で「麻雀」を覚えて、日々麻雀をしていました。

でも、男子校って合コンとかいっぱいあるんじゃないんですか?

いや、それが田舎の高校で。

川越にある「城西川越高校」っていう高校なんですけど、駅からバスで20分行かないとないところだったんです。

「城西川越高校」の近くに「川越高校」って言って、ウォーターボーイズのモデルになった、すごいイケてる男子校があるわけですよ。

基本的にイケてる川越高校が川越の女子を持って行っちゃうので、僕らには残らないわけですよ。

だから、ハンドボールを1年やって、2年目からは麻雀をやってっていう高校生活でしたね。

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